私は岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科前期博士課程を2023年3月に修了しました。そこでは伝統医療の社会的役割を研究テーマとしていました。修士論文の題名は「人々はなぜ伝統医療を利用するのか」です。私が35年前に資格を取得し職業とした鍼灸師・柔道整復師の社会的価値は日本の医療制度の中に存在しているのだろうかという疑問を持ち、それを分析するために大学院を志したのです。
この疑問を思い立ったのは、感染症や外科手術を前にして伝統医療に無力さを感じたからでした。西洋医学に病気を治すということの優位性があります。私が研修させていただいた明石市の整形外科や寿晃整骨院を開院してからの医療連携からの経験からも感じています。
しかし、そのような中にも自分たちの強みがあることを感じています。それはほとんどの場合、軽症のケガの場合です。例えば、医師が診察しレントゲンやMRI、CT、血液検査、尿検査などたくさんの検査を経ても原因が分からないような腰痛などは伝統医療で施術を受けるほうが、結果が良いことがあります。
ケガには器質的損傷と機能的損傷があり、器質的とはその組織が切れている、折れている、破れているという状態です。骨折や脱臼、靱帯損傷などがそれです。このような損傷ではレントゲンやMRIで損傷を確認し、手術による組織修復や血液が溜まっていれば注射で抜く、皮膚の縫合や適切な損傷部の保護、固定、回復に合わせた固定除去からリハビリテーションが必要です。そのような分野では西洋医学が優勢です。
その中の一部に柔道整復師の業務範囲もありますが、レントゲン撮影や手術などが必要な損傷であれば、医療機関のほうが優位です。私も自転車で転倒し意識不明の状態で鎖骨骨折していたときは、救急車で運ばれ気が付けば大病院のベッドで寝ており、整形外科医に助けていただいた経験があります。
柔道整復師や鍼灸師などの伝統医療の強みは、機能的な問題によって起こる痛み(肩こりや筋膜性腰痛)などの症状や、医療機関でのケガに対する処置が終わり、損傷した組織が修復された後、リハビリテーションの時期からスポーツや社会への復帰のステージです。スポーツ選手への施術では、患者様と同じスポーツ経験がある柔道整復師や鍼灸師であればその経験を生かした身体の使い方の問題点やトレーニング方法をアドバイスできます。また、突然のケガや痛みに夜間や休日に対応してもらえる地域密着型の施術所も多いのではないでしょうか。
今回、タイ旅行の古式マッサージの研修を受け体験し感じたことは、タイのマッサージ施術の状況はこういった痛みやけがに対応するものではなく、慰安行為としてのマッサージであったようです。日本で言えば「りらくる」さんや「手もみ屋本舗」さんといった業態だと思います。私の受けた短期コースより上級のプロフェッショナルコースでは、また違った研修があるのかもしれません。
私が研修を受けたワットポーのマッサージ学校でペアを組んだベルギー女性は、腰痛を持っていました。この女性の腰痛は、腰椎椎間板ヘルニアのような神経症状はなく、おそらく腰椎の不安定からくる周辺組織の炎症が考えられました。そして、マッサージの講師は腰部を一生懸命マッサージして、症状を緩和しようとしておられました。
私は鍼治療のセットを持参しており、腹筋の賦活化をすることと筋膜リリースで腰痛を緩和できる自信はありましたが、さすがに生徒の立場でそれもできず、また、腰痛の施術をするにあたって自分の資格や技術、キャリアそして腰痛の状態を英語で明確に伝える自信はなかったので、施術することはできませんでした。
しかし、状況が許せば、理学検査をもとに施術することは可能でした。どんな場所でも対応できる、それも伝統医療の強さだと思います。自分の手さえあれば、ある一定の症状に対応することができます。整形外科でロキソニンの投与や湿布を貼って様子を見ましょうと説明される程度の腰痛であれば西洋医学に比較して伝統医療が優位だと思います。
伝統医療の優位性をよく理解した上で責任を持った施術を行うことが、柔道整復師や鍼灸師などの国家資格者に与えられた使命であると私は考えています。
じゅこうさん 鍼灸師 木下広志