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ベトナム旅行③(2025年11月27日)

ベトナム旅行3日目、このブログでは幻想的なランタンの光に包まれるホイアンの夜について書きます。

ベトナム戦争では攻撃を受けなかったホイアンはいわゆる水の都で、私の地元、倉敷の美観地区のような川沿いにある古い建物群が観光客をひきつけます。16世紀ごろから国際貿易港として繁栄した時代から続く手入れされた建物からは長い歴史を感じさせますが、現在のホイアンの建物は19世紀から20世紀に作られたものがほとんどだそうです。

日本とも縁が深く、有名な日本橋と呼ばれる橋は、一見すると中国風の橋に見えますが、日本人が建設したとされる橋です。江戸時代にいわゆる朱印船による貿易が行われ、日本人街もあったそうです。ただ美しい話だけではなく、一部の日本人は奴隷として海外に売られたとの歴史もあるようです。

2025年10月26日、27日にかけての激しい雨と台風25号の影響により、ホイアンを流れるトゥボン川が増水して、ホイアンの街は1階が水没したとのことです。私が11月末に街を歩いた時にはそんな雰囲気は全くなく、石畳の道の上に砂が多いと感じたぐらいでした。ホイアンの方々は増水に慣れているのか、復帰がとても早いですね。

https://ja.laodong.vn/xa-hoi/hoi-an-trong-lu-lich-su-1600795.ldo

ホイアンの街には夕方ごろに到着しましたが、たくさんの人が歩いており、美しい夕日がこれから始まる夜を引き立てようとしているようでした。ホイアンが本格的に観光地化されたのは、1999年のユネスコ世界文化遺産登録が大きなきっかけです。倉敷の美観地区も1970年代に旅行ブームから旅行先として取り上げられ、倉敷アイビースクエアは、1889年に建設された倉敷紡績所(クラボウ)の本社工場で、綿の紡績をしていましたが、1974年5月にホテルを開業しました。どちらも比較的新しい観光地であることは間違いないところです。

日本とつながりがあることを書きましたが、焼き物の世界ではベトナムの焼き物を安南手と呼び、お茶の世界で珍重してきました。青色コバルトなどの顔料に灰などの釉薬をかけることで青色の線がぼやーっと滲む特徴を持つようで、最近では日本の作家さんもこの手法で作られています。現在のホイアンには焼き物の産地といった特徴はなく、その当時も中継地としての役割であったようです。

ホイアンの素晴らしさは夜の景観にあります。色とりどりのランタンが街を照らし、それは川に漕ぎ出した船をも照らしていて、光が水面に反射してそれは美しい情景です。この街には夫婦で行きたいものです。

たくさん歩いたので、お腹が減りました。町のはずれにあるひっそりとした食堂で空芯菜炒めとビールをいただこう。

さて、ホイアンではハンナズ ハウス (Hannah’s House)という宿に泊まります。ホイアンは色鮮やかなランタンが街を包む幻想的で美しい町でした。

この2週間前に増水でホイアン全体が浸水し、建物の1階の壁には水によってできた線が入っていました。私の部屋は2階だったので大丈夫だったようです。

あすはミーソン遺跡に出かけます。