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ベトナム旅行⑤(2025年11月29日)

ベトナム旅行5日目、ダナンの朝を迎えました。

まず、ドラゴンブリッジを見に行きました。週末であれば、炎と水しぶきを吐く勇壮なドラゴンが見えるのですが、平日なので明るい間に見に行きました。ベトナムにはいろいろなドラゴンがいるようです。中国文化の影響もあると思われますが、王様の絶対的な権威や偉大さの象徴とされ、王の持ち物などに龍の意匠が多く使われたようです。ベトナムの細長い国の形が龍のように見えるとか、ベトナム神話に水の神としての龍が出てくるそうです。

さて、ダナンの街を歩いていると伝統薬のお店を見つけてしまいました。ここのお店は薬の管理が良くて見やすい展示をしておられました。色んな方に頼りにされているように思います。

伝統薬の昔ながらのお店もありますが、日本にあるようなパッケージに入った西洋薬のお店もあります。日本では漢方薬を専門店で買うというよりは、普通のお医者さんに処方してもらったり、ドラッグストアで販売薬として売られている漢方薬を自分で選んで購入する形が多いようです。

さて、ダナンからホーチミンに向かう鉄道の時間がやってきました。とりあえず、バインミーとコーヒーを買って鉄道に乗り込みます。午前10時51分ダナンを出発、翌朝5時15分にホーチミンに到着予定です。寝台車は下側のベッドです。

特に見どころもなく約20時間の鉄道の旅を終え、ベトナム戦争当時サイゴンと呼ばれたホーチミンに到着しました。私には、19(Nineteen)という歌が思い出されます。この歌でテクノ調の唄でSaigon、サイゴンと繰り返されます。

第2次世界大戦の兵隊の平均年齢は26歳だったが、ベトナム戦争では19歳となった…というような歌詞でした。帰国した兵士たちがPTSDを患い、シルベスター・スタローンの出世作でもあるランボーで彼はベトナム戦争で心を病んだ兵士を演じていました。私の大好きな映画であるForest Gumpでトム・ハンクスもベトナムで戦っているシーンが演じています。でも決してアメリカ合衆国は戦争をやめませんし、他国への干渉を続けています。私は決して左翼思想を持ちません。世界が平和であることを祈っているだけです。

https://www.youtube.com/watch?v=VUnB8zJz38E

https://www.youtube.com/watch?v=6H6zeAcABJA

さて、ベトナムの経済の中心地と言われるホーチミンの街を歩きます。とりあえず、ベンタイン市場と言われる観光客向けの市場に行き、町の病院の雰囲気を見ながら蓮の花をデザインした有名なビル「ビテクスコ・フィナンシャルタワー(Bitexco Financial Tower)」に行ってきました。52階部分には外側に大きく突き出た円盤状ヘリポートがあり、ビルの象徴となっていて、49階の360度の都市全景を楽しめる「サイゴンスカイデッキ」に上ります。上からの景色は絶景でベトナムの街の発展を感じさせます。

町へ下りて古い町とその向こうに見える蓮の花タワーが時代の変化を感じさせます。

ホーチミンには、現在オペラハウスになっているかつての南ベトナム国会議事堂があります。フランス植民地時代に建築されたアールデコ様式と言われたり、ゴシック様式と言われたり、ボザール様式と言われる美しい建物で1900年に完成しました。1955年から1975年のベトナム戦争期まで、南ベトナム共和国の国会議事堂として利用されていました。きれいな建物だと思います。

ホーチミンはベトナム戦争の終結の地であったためか、戦争博物館があります。そもそも第二次世界大戦後、日本軍が撤退した後にフランスが再度植民地化しようとしてベトナムに戻ったところ、ベトナム共産党軍のベトミンとの間でインドシナ戦争が起こります。その後、東西冷戦の影響もあり、アメリカ軍も参戦します。ベトナム軍は得意のゲリラ戦でこれらを破ります。1975年に最後のアメリカ人がサイゴンを脱出してサイゴンの地でベトナム戦争は終結します。アメリカ軍は這う這うの体で逃げ出したので大量のアメリカ軍の武器や飛行機が残され、それが博物館に展示されています。

民間人含むベトナム側は300万人以上、アメリカ軍兵士5万人以上が死亡したそうです。大変な被害ですが、第二次世界大戦での日本の死者数は約310万人(軍人約230万人、民間人約80万人)、アメリカ(軍人29万人、民間人約0人:私の記憶では真珠湾攻撃の際に基地内にいた民間人がなくなっていたと思う)

悲惨な戦争の記憶を人々は定期的に思い出すほうがいいと思います。しかし、ソ連約2000万人以上、中国約1300万人以上の被害があったにもかかわらず、両国は相も変わらず他国と戦争しようとする気が満々に伝わってきます。(参考:人間自然科学研究所・出典:フリー百科事典『ウィキペディア』)

この写真は1973年にピュリツァー賞を受賞した「戦争の恐怖」。

ナパーム弾の攻撃を受けて裸で逃げる少女を、ベトナム人写真家ニック・ウト撮影

さて、いろんな場所を調べていたのですが、ホーチミンの郊外にベトナム最大の新興宗教「カオダイ教」のお寺があるようです。明日はそちらへ行ってみようと思います。

今日の宿泊は、Moka’s Houseという中国系の人が経営する民泊に泊まります。部屋はどこもきれいです。